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世界のEAPはいま何が起きているか|市場は伸びているのに、利用率は2〜3%という現実
EAP(従業員支援プログラム)について、海外の市場調査と研究を読んで整理しました。市場は年15%を超えるペースで伸びています。ところが実際に使っている人は、世界のどこでも2〜3%しかいません。この差はどこから来るのか。日本の企業でもそのまま使える話が出てきたので、まとめました。
1. 市場は急拡大している
Mordor Intelligenceの調査によると、メンタルヘルス・EAP技術プラットフォーム市場は2025年に17億4,000万米ドル、2031年までに40億1,000万米ドルに達すると予測されています。2026年から2031年のCAGR(年平均成長率)は15.39%です。
この中でもEAP技術プラットフォームのセグメントが最も成長が速く、CAGR16.94%と見込まれています。要するに、企業が「カウンセリングの電話窓口を契約する」というやり方から離れて、システムとして組み込む方向に動いているということです。
ちなみにEAPサービス市場全体(技術プラットフォームに限らない)で見ると、2025年時点で60億〜93億米ドルと、調査会社によって推計がかなりバラつきます。CAGRも5〜8%と幅があります。調査ごとに「EAP」の定義が違うからです。なので個別の数字を追いかけるより、伸びているという方向だけ押さえておけば十分だと思います。
北米が最大市場
2025年時点で市場の39.83%を北米が占めます。雇用主が提供する福利厚生制度が定着しており、臨床成果の報告に対する支払い意欲も高い市場です。
アジア太平洋が最速で成長
普及率が低い水準からの拡大で、CAGR15.86%と最も速く伸びています。日本もこの成長市場のひとつに数えられています。
欧州は制度が後押し
ドイツの職場健康管理の枠組みやEUの労働安全衛生戦略が、心理社会的リスク管理の制度化を進めています。
2. しかし、世界共通の問題は「使われないこと」
これが今回いちばんお伝えしたい数字です
従来型EAPの利用率は、世界的に2〜3%
日本だけの問題ではありません。契約はしているのに従業員が使わないという構造は、国を問わず共通しています。市場が拡大しているのは需要があるからですが、その需要が実際の利用につながっていないのが現状です。
この数字を見て、少しほっとする方もいるかもしれません。うちだけがうまくいっていないわけではない、ということですから。ただ同時に、電話番号を契約しただけではどの国でも使われないという、なかなか残念な話でもあります。
3. 利用率が8倍になった事例|やったのは「周知」ではなく「振り分け」
結論から言うと、相談したい人を入口で適切な支援先へ案内する仕組みを入れただけです
米国のSpring Healthの報告に、こんな例があります。ある医療機関で相談内容に応じて適切な支援先へ案内する仕組みを入れたところ、11か月で利用率が2%から16%に上がりました。さらにカウンセリングを受けられる回数の上限を増やしたら、登録者がもう37%伸びています。
ポスターを増やしたわけでも、社内メールを何度も送ったわけでもありません。やったのは「あなたの状況ならここに相談してください」と入口で交通整理をすることだけです。相談したい人が「どこに、どうやって相談すればいいのか」で止まっている——それを外してあげると、利用率は桁が変わります。
相談の中身は圧倒的にメンタルヘルス
AllOne Healthが2025年に追跡したEAP紹介のうち、77%がメンタルヘルスカウンセリング向けでした。昔のEAPは法律相談やお金の相談まで幅広く扱うものでしたが、実際に求められているのは心の相談です。
段階的ケアという考え方
全員に同じ対応をするのではなく、状態に応じてセルフケア・カウンセリング・医療と段階を分けて振り分けるやり方(stepped care)が主流になってきています。
4. 効果のエビデンスは積み上がってきている
投資1ドルに対して2.30ドルのリターン
2025年に実施された19件の雇用主コホート研究のメタ分析では、行動健康サービスの強化に1米ドル投資するごとに2.30米ドルの総リターン、従業員1人あたり月額159米ドルの純節約効果が確認され、19社すべてでROIがプラスとなりました。
92.3%に症状の改善
2025年10月に発表された後ろ向きコホート研究では、589社の雇用主から52,929名を対象に調査が行われ、92.3%の参加者にうつ病または不安障害の症状で信頼性の高い改善が見られました。うつ病の効果量は1.61と、メタ分析のベンチマークを上回っています。
ただ、ここは差し引いて読んでください。これらの研究の多くは、サービスを提供している会社側から出ているものです。効果があること自体は複数の研究で支持されていますが、この数字がそのまま自社に当てはまるとは限りません。誰を対象に、どうやって測ったのかは確認したほうがいいと思います。
5. アジアの実情|そもそも「使える人」が3割
2025年1月に東南アジア6か国の就業者15,302人を対象に行われた横断調査では、雇用主が提供するEAPを利用できると回答した従業員はわずか29.04%にとどまりました。国別ではフィリピンの62.84%からタイの17.96%まで大きな幅があります。
アジア太平洋が一番速く伸びているのは、要するにまだ整備できていない企業のほうが圧倒的に多いからです。日本も当然その中に入っています。
6. 拡大を止めている3つの制約
プライバシーとセキュリティ
メンタルヘルスの情報は、健康データの中でも特に扱いが難しいものです。2025年9月には米国の行動保健機関へのランサムウェア攻撃で11万3,232人分の記録が流出しました。多国籍展開ではGDPRやEU AI法への対応も重なります。
専門職の不足
資格を持った心理職・精神保健の専門職が、そもそも世界的に足りていません。システムをいくら広げても、その先で対応する人がいなければ動きません。
AI介入のエビデンス精査
NEJM AI誌の2025年のランダム化比較試験では、AIチャットボットが外来心理療法に匹敵する効果量を示したと報告されています。ただ、AIをどこまで任せられるのかについては、まだ検証の途中という段階です。
7. 日本の担当者にとっての示唆
低い利用率は世界共通の構造問題
「周知が足りないのでは」と自社を責める前に、入口の作りを見直したほうが早いです。誰が受け取るのか、どうやって予約するのか。ここで利用率はほぼ決まります。
投資対効果を語れる時代になった
ROIの研究が出てきたおかげで、社内の稟議で「福利厚生です」ではなく「投資です」と説明しやすくなりました。ここは使えると思います。
技術は入口、出口は人
AIで振り分けて利用率が上がっても、その先で話を聞く人は必要です。システムを契約することと、実際に対応できる人を確保することは、まったく別の話です。
次回|パート2は日本のEAP事情です
2028年4月のストレスチェック義務化の拡大を含めて、日本の状況を同じように整理します。世界と比べて何が同じで、何が日本特有なのか。そこを見ていきます。
出典
・Mordor Intelligence「メンタルヘルス・EAP技術プラットフォーム:市場シェア分析、産業動向・統計データ、成長予測(2026年〜2031年)」2026年5月26日発行(グローバルインフォメーション掲載)レポート概要ページ・上記レポート内で引用されている各研究:2025年実施の19件の雇用主コホート研究のメタ分析/2025年10月発表の後ろ向きコホート研究(589社・52,929名)/2025年1月の東南アジア6か国横断調査(15,302人)/NEJM AI誌 2025年のランダム化比較試験/Spring Health社およびAllOne Health社の報告・EAPサービス市場全体の規模については、Research and Markets、360iResearch、DataHorizzon Research 等の複数の市場調査会社による2025年時点の推計を参照(推計値には調査会社により幅があります)
※ 本記事は公開されている市場調査レポートの概要および報道資料をもとに、当オフィスが整理したものです。数値は引用元の推計値であり、当オフィスが独自に検証したものではありません。詳細は各原典をご確認ください。
監修:宮碕 景悟(公認心理師・臨床心理士)/ プロフィール 関連記事:社内の相談窓口が使われないのはなぜか
